9匹のあひる

不思議な言葉でお話ししましょ

ママが発狂したんだ-4-

 ママが発狂したんだ。

「幼虫の世界と蝶の世界は同じではありえないのよ!どうしてなの!」

「それが成長っていうことなんじゃないの?」

「成長?くだらない。成長することはいいことなの?幼虫よりも蝶のほうが美しいとでもいいたいの?寂しさの舞う場所はきっと、もうこの世界にはないのよ!どうしてなのよ、流れているのは言葉だけだったとでもいうの?ねえ?」

 僕は黙り込んじゃったんだ。ママの迫力に耐えられなかった。それは、生まれたときから大人たちに世界は幾何学模様だと信じ込まされてきたママの、些細な、脆い復讐だったんだ。

 空のない街から決して抜け出すことのできない運命に飲み込まれ、コンクリートの冷たさに耐えられず、辟易の上を走りだすんだ。歪な詩は、夢を追わせる。縫い合わせた詩は、歪んだ記憶になる。そのことをママは、誰よりもきっと理解してるんだ。それがママが不幸から愛される理由なのさ。

「迷いは決断をもってしても消せはしないのよ。迷いが消えるのは、彩られた物語のその一瞬でしかないのよ」 

 ママのこの不幸は名前を失った不幸なんだ。盗まれた不幸とも言えるかもしれない。そして、世界はたった一枚の紙よりも狭いんだ。ママはよくそう言ってたっけ。

 ママは話すことに迷いはないんだ。蝉が鳴くことに迷いがないようにね。そしてね、「覗く」という行為から、実存の希望がちらっと光ったんだ。

 

 あとね、ママは服を着ることが大っ嫌いなんだ。服を着ることはね、世界に紛れ込むことなんだ。そうなんだ、いつだって心は知られないんだ。ママの実践的な未来は、生まれる前に死んでいるんだ。ママは過去である限りにおいての未来を見ていただけだんたんだよ。きっとね。

 着飾った世界に騙された人々はみんな、ママのことを気色悪いと形容するんだ。小さな蜘蛛が鼻の中に入ってきてね、鼻毛と抱擁し始め、そこに甘い甘い夢が作られるとき、みんなはどう思うかな?それはね、この世界で何よりも柔らかで、温かい、美しいものなんだ。そこが違うと、みんなはもう、ママのことを拒絶しちゃうんだ。

 ママは未だに、葉についた一つの雨粒が世界を内包する世界を眺め続けてる。

ママが発狂したんだ-3-ママの「心」について

 ママが発狂したんだ。いつものようにね。今日はどうしようかなって考えた。でも、話さなきゃならないと思うから話すね。ママの「心」について。ママの心象風景まで書ききれるといいんだけど、それは、どうだろう、ちょっとまだ難しいかもしれない。だって、その風景を描くことにはいつだって、傲慢さが孕まれるからね。きっとさ、いつだって、みんな安心したいんだろうけど、求めると、それは飢えになるから。願いや希望はいつだって、飢えだ。

 じゃあ、そろそろ、ママの「心」について書いていこうかな。きっと、だれにも理解されないママのことを。

 サナトリウムの夢を絞殺するために、ママは左目の憂鬱にセルロイドの夢を流し込んだんだ。そして、窒息した。だれにも止められなかった。罪はママの神様なんだ。底抜けに慈(いつく)しむ罪と寝そべるんだ。そしてママは、むごたらしい愛撫を罪から受けて、寝息を立てて、そっと眠る。そうするとね、苛だたしい輪郭が無邪気な唇を睨みつけるんだ。ギロっとした不安みたいにさ。

 ママはその小さな脳味噌が、バターの香りに包まれているとき、嘘と無精の涙を吐き出すんだ。その愛を、カエルの足みたいにピクピク痙攣させながらさ。掠奪(りゃくだつ)されたママの聖地は、蝋燭(ろうそく)の火に揺られて、リンドウの花が飾り立ててしまうんだ。

 ママがその身に目覚めたとき、その身は太陽に蝕まれていた。穴が空いて、ヒビが入った真っ赤なレンガみたいに。そしてね、ママの物心はね、昨夜のミネストローネと一緒に煮込まれちゃったんだ。そして、こう声を出したんだ。

「大衆の夢は、洗濯機に放り込んでおいてね」

ってさ。そして、

「夜が来れば、そう、夜が来れば、私たちの街にも灯りは灯るのかしら?」

それから、蛾を口に運びながら、最後にこう言ったんだ。

「肺の膨らみとおんなじように、私はきっと、涙を流して、そうして、どうして?」

 きっとね、ママはね、淀む悪徳に従ったんだ。だから、こういうふうに言ったんだと思う。

 それとね、ママの文脈は、脇腹に突き刺さったまま、血を流し続けてる。ママはその乾いた臆病な手で、無邪気を叩きのめす。そして、萎(しな)びた乳首に願いを叶えるんだ。

 善に対して餓死したママの魂は、別に悪を王座に座らせているわけじゃない。ただ、ママは善に捨てられたんだ。それだけなんだ。

 蔑まれたママは、倦怠の儚さと落下する。それは、昔々に、真っ逆さまに落下したマリアによく似てるんだろうと、僕はそう思うんだ。

ママが発狂したんだ-2-

 ママが発狂したんだ。だらしなく舌を垂らして、そこからお得意のよだれをビヨー、ビヨーってさせてる。その垂れる気泡の混じる透明な液体が胸に落ちていくんだ。それをママは、赤く伸びる舌を使って追いかけていく。横から見ている僕は、肉としての赤さを称えるように張り巡らされた、舌の裏の血管が羨ましく思えてくるんだ。なぜかって?そんなの、知らないよ。

 今は朝の8時。ママはソファから無造作に足を放り出して、鼻をほじりながらよだれをビヨービヨーさせてる。胸元に落ちるよだれがそのままズボンにまでいくものだから、ズボンももう、よだれまみれ。ふと思ったんだけど、ママは昨日の夜からこうしてるんだろうか。

 黒く長い艶のある自分の髪に、ママは嫉妬してる。嫉妬しているママに話しかけるのには、相当の勇気が必要なんだ。これは、1週間前の話なんだけど、ちょっとだけ聞いてほしい。

 1週間前のその日、雨が降っていたんだ。とても優しく、寂しく、悲しい青色の雨だった。外にある緑色たちは、悲しい青色に濡れながら、滴る水と遊んでたんだ。夢みたいな音を鳴らしながらね。それを見たママは、急に立ち上がったかと思うと、裸のまま外に飛び出していったんだ。そしてママは、雨と同化しようと必死になった。緑と青とママと。その妖艶な黒い髪が、ますますその妖艶さを醸し出した時、ママは嫉妬で怒り狂ったんだ。そうなんだ、ママ自体は同化しきれなかったんだ。緑にも、雨にも、青にも、そして悲しみにも。でも、髪だけは同化しきったんだ。世界そのものとね。そのことに、ママは耐えられなかった。

 それからママはひどく落ち込んでいたし、話しかけると、噛み付くようになったんだ。自分にね。ゆらゆら自分の髪を揺らしては、その揺れる髪を見て泣いてたんだ。歯茎をむき出しにしたり、スイカを一口で食べきれそうなくらい口を大きく開けたり。顔面が顔面でなくなるくらいに泣いてたっけ。

 この日から今日に至るまでの日、家にはママの嗚咽と、ママの黒い髪がママを嘲笑う響だけがあったんだ。でもそれは、ホントウに、ホントウに、生そのものの実践だったんだ。

 そして、ママは今日こう言ったんだ、許しを見下しながらね。

 

  「肉体を使い果たすことができるだろうか?ねえ?んんっ、肉体は使い果たすべきものなのかしら?ふふっ、それほどまでに、骨と、肉と、皮と、臓器たちはそれほどまでに宝なのかしらね?私にも少女だった頃があったのでしょうね。まだ、臓器たちがあんまり酸化していない頃ね、んぁ。今なんてもう、酸化しきっちゃって、臭くて眠れやしないわ。強いられた肉体、強いられた人格、強いられた舌の赤さ、強いられた社会、強いられた成功、強いられた言葉、強いられた形、ふふっ。みーんな演技よ、きっと。仮面舞踏会に迷っちゃったのよね、そう、あなたも、私も、みーんな。まぬけよねー。マーチ好きのどこぞのアホと一緒ね。定まった装いをしなきゃならなかったのよ。束の間の演技、その舞台をでっち上げること。そしてそれに迎合すること。それが権力なのよ。肉体もぜーんぶ、舞台装置として機能するための、生産装置としての、そうね、おもちゃにすぎないの。私の肉体はおもちゃなのよ。大事に扱いなさい。もちろん、あなた自身の肉体もよ、あはっ。でもね、そこに実体はないのよん。」

 

 

 

「生動」

幼気(いたいけ)なママ

思いもかけずに走り出す

近隣に群がる群衆どもは憔悴する

逃げ出すその先にある

滴る樹木の汁が

ママのため息とともに蒸発していく

住居を取り払われたママ

空の落下に耐えられぬその精神と

黒く苦々しいペストが上昇する

小川に見つけた小さな呪詛に身を預け

轟音のなかに静けさ求め

勇敢なる種子となりて

ママは今日も発狂する

 

 

直木賞受賞作『月の満ち欠け』で驚いた

 

 品川で新幹線を降り、駅にある本屋さんになんとなく立ち寄った。くだらないビジネス書や、頭の悪そうな文章が乱立していた。その中で異彩を放つ装丁を見つけた。岩波文庫の白帯である。どうして岩波文庫が?それによりによってなぜ白帯なのか?さっぱりわからぬまま手に取った。

 本の帯を読んでみると、さらに理解しがたいことが起こる。直木賞受賞と書かれていたのだ。岩波文庫の白帯といえば、法律・経済・政治・社会の古典である。いつのまに大衆小説のジャンルを?それとも『月の満ち欠け』と題されたこの本に、社会科学の古典に匹敵するほどの内容と質が?と、疑問が絶えないと同時に興味が静まらない。

 本の紹介の文章をどう読んだところで、社会科学的でない。普通の恋愛小説ではないだろうということはわかる。というのも、「生まれ変わる」という言葉が読んで字のごとくの「生まれ変わる」という意味だからだ。しかし、そうした恋愛小説(全部は読んでいないので多分)が世にあるということは知っている。問題はそこではない。岩波文庫の白帯が破綻している。

 そんなことを思いながら購入した。850円+税。山手線で池袋に行く予定のため、JRの乗り換えに向かう。その途中で、あの困惑をもたらした本を鞄に仕舞おうとした時、ふと、背表紙が目に入った。それを見た途端、自然と笑みが訪れ「まったく、やられた」と思った。背表紙にはこう書かれていた。

岩波文庫的」

 

 

  

「光源」

 意味によって照らされ輝いた世界

 それは虚無への助走であり帰結である

 世界という電球のフィラメントは意味であり

 そこから照らし出された生が歩くとき

 虚無としての生もまた同じに歩く

 そしていつの時にか虚無が歩き始め

 生がその影としての歩を進める

 

「科学の外側」

 衣擦れと吐く息の音に誘われ

 踊り浮かれ仮面舞踏会に沈む

 怠惰を喜び勤勉を軽蔑し

 人の世の心が逆転される

 そこに生まれるのは知の外にある行為

 行為に名指されるものの範囲を越境する

 

「満たされぬ乾き」

 一般や客観や普通を生の濾過装置とし

 殺された美の雫を欲する人々

 白熱電球に輝く雫に見惚れ自我を喰われる

 悪魔の雫と知らず最低への助力と知らず

 飲むほどに乾く

 

「殺された時を求めて」

 華やぐ不幸にさらわれて

 風の鳴らぬ場所に立つ

 迫り来る不安を一瞥し

 輪郭は塗り固められていく

 幻想に浸る言葉は

 淀む今への慰めに

 ほころび始めた自分を埋めるのは

 皆で殺したあの「時」だけだろう

部屋のお話し。それと女王のお話し。あと女子力について。

 部屋の中は雑然としている。まったくのランダムに物が置かれている。壁に掛けられた大きな女の写真だけが、その部屋で異質さを放っている。部屋の壁側に置かれた机の上には、電子ピアノが置かれ、その電子ピアノの上には、本が積まれている。ジャンルはバラバラで、哲学、人類学、社会学、経済学、文学、小説、写真集である。その右隣には、マヨネーズとコンソメを保存するためだけに唸りを上げる冷蔵庫が置かれている。その上に電子レンジが置かれ、私の食を支えている。また、ピアノの乗った机の左側には、本棚があり、本で溢れ返っている。その上には電気ケトルがあり、これもまた、私の食を支えている。その向かい側には、ベッドが寂しく寝転がっている。この部屋は、ピアノを中心とし、両翼に私の生活の、すべての痕跡を発見できるようになっている。雑然としてはなく、ランダムではないのかもしれない。前言撤回だ。ただ言えることは、小さな部屋だということである。

 

女王は今、砂地を歩いている

砂は太陽の陽に罵られ、興奮を隠せずにいる

その砂は女王に監視され、肉体的な動きを見せず

頭の中でのみ感情を拵(こしら)えている

女王はその軋みを見下ろし、口を大きく開けて、鳥のように笑う

白い歯が太陽に照らされ、陶器の輝きを発する

よだれがねっとりと動き、口の中の赤い妖艶な肉が痙攣する

風が吹き始め、太陽が雲に隠れる

女王は笑うのをやめ、身体をゆっくりと横に揺らす

そして、口を笑うこと以外に使い始める

「貴様らは時を殺すのか?

ははっ、時の殺人者だ

時よ、逃げよ。安心して逃げよ

あなたたちを捕らえるものは、もうすでに失われている

人々よ、貴様らはもうすでに、時を捕まえることなどできぬ

あはっ、あははっ、時を抱擁してやってほしいものだ

胸の肉に沈めてあげようとは思わぬのか?

時が泣いているぞ。んふっ、その声が聞こえぬのか?

耳を?あははっ、そうか、耳はもう削ぎ落としてしまったか

時を聞く耳を切り落としたか!それでは時の声は聞けぬな

ははっ、あはっ、あははっ。んふっ

未来か。未来を、未来を!あはははっ!

人々よ、よく聞け!囚われ、捕らわれているのは貴様らだ!

貴様らは未来に捕われているのだ!あはははははっ!」

女王は砂と共生する

 

 

「女子力ってなに?」

「知らない」

おしゃべりしましょう。飽きてきたね。

煙草のお話し。それと感情のお話も。豆乳のお話しもついでに。

煙草に火を付ける

赤から白っぽい紫が揺れ始める

上を目指し、しかし、幾度となく挫折する

その姿は、立派なものではないか

皮膚病のおかげで全身が赤茶色した猫に餌を与えては

愉悦足る者共よ

「辛かったね、痛かったね、もう大丈夫よ」と

同情し、涙を耕し、未来を見せる

マスコミの餌食にされることを

最大の幸福と思う貴様らの、何倍も立派なことか!

褐色の生ぬるい水には嫌悪感を表すというのに

皮膚病の色ならば涙するとは!

こいつらは動物の女衒(ぜげん)だ!

ああ、なぜお前らの感情は、いとも簡単にすべてを見下せるのだ

お前らの感情は、ベルトコンベアで運ばれてくるというのか?

もしかとは思うが

工場で規格品としての感情が作られているのではないだろうな?

その過程のうちに

歪な精神と感情は廃棄されているのだな!

なるほど、ならば私は唯一

皮膚病だけに同情しよう

皮膚病の精神を讃えようではないか!

 

 

「あなたたちの感情はどこにあるの?

本当に君のもの?

感情までをも、ネットから引きうけるの?

言葉も、感覚も、すべて?ねえ、答えて

励ましも、勇気も、希望も、絶望も、誰のもの?

あなたはそれを持っているの?

都合よく、検索して、それらの感情の使い方を学ぶというの?

傑作ね!そう、調べることは大切なことだものね

そうやってあなたたちは、誰でもないあなたたちになっていくのね

無様ね。そこに一体どんな音が木霊していると思う?

聞いたことはない?教えてあげようか?

なに、その顔は。怒っているのね

それも検索した『怒り』ね

ふふっ、どう、『怒り』の使い方はわかったかしら?」

 

 

 豆乳を買う。ストローで銀の薄膜を貫通させ、容器の底にストローを当てる。上下についた褐色の肉の間に、その白く透明がかった円柱を挟み、液体を吸い上げる。豆乳は、この世界で最も可憐で、無機質で、抱擁感を持ち得る、唯一のものである。精神的無防備な人間に付け込むのだ。これらを飲むとき、我が世の春が訪れる。だが、それは束の間のうちに、一挙手一投足の間も与えぬうちに、移ろう。

 

『 」硝子が砕ける「

」赤く染まっていく「

」電線から覗く、空の形に似た傷ができる「

」物悲しく、その傷は鳴く「

」音楽で病気を患えば、少しは変わるだろうか「

」沈黙も、狂乱も、そして絶望さえも、この私こそが主人なのだ「

」果たして我々は、無関心によって青春を買い戻すことができるだろうか「

」ああ、季節よ、どうかそこに留まっていてはくれないだろうか「

」怠惰な吹き溜まりとなってしまっても構わないのだ「

」花も、木々も、景色も、香りさえも、私なのだ「』

 

[ねえ?]

[なに?]

[私たちの精神性ってどんなのか、春は知ってる?]

[えーっとね、ゴテゴテしたピエロみたいな精神性かな。道化的精神。見苦しいほど素っ裸になればいいのに、とは思う]

[ふーん、ところで、自己紹介は終わった?]

 

{{{安心したまえ。貴様らの精神も代替物だ}}}

 

私たちが生まれたときのお話し。それと大人のお話し

ふと思い出す

愛惜のものとして

皮肉にも、私たちの過去はこれでしかない

ただただ黒く、暗い景色の万華鏡

こうしたものに私たちは五感を投げ入れる

そして、懐かしさに胸が憂いる

熟した林檎のように

秋の夕焼けの美しさの中で寂しそうに揺れる

ススキのような静けさをもって

私たちは思い出す

私たちが生まれたとき

道はすでにアスファルトだった

アスファルトの続く直線、アスファルトの描く曲線

雨を弾き、水たまりをつくるのはアスファルトだった

太陽が照らすのも、汗を落とす場所さえも、アスファルトだった

汗の落ちる場所は、歩む道は、いつも黒い。暗かった

空は青く、地は黒く、暗い

陽炎の生きる場所だって、いつだって

アスファルトは飲み込んだ

私たちの黒い瞳は、黒だけを飲み込んだ

私たちの思い出は、アスファルトで圧殺される

緑の風景を下から支えるのは、我らが生んだ新しい黒色

日々の疲れからヒビの入ったアスファルトに、黒い蟻が歩を進める

蟻の足場までも黒くなった

雨が降っているわけでもないのに

この黒さは発展の標

この暗さは繁栄の証

私たちの住む青い星が真っ黒になるまで

人類は、ガラの悪い黒塗りのポンコツをこしらえ続けるのだろうか

暗い幻想と黒い事実

黒く濁った思い出の道は、私たちを生んだ大地だ

ションベンかけて、唾をみなぎらせよ

虫唾の走り出すままに

 

 

「大人ってなにか知ってる?」

「んー、妥協できるようになった人?」

「惜しい」

「えーっと、わかんない」

「ホルマリン注射されて、ピンで止められた標本箱の中で立派に胸を反らす人のことよ」

「ぜんぜん惜しくないじゃん」

「そんなこと、どうでもいいでしょ?」

 緑がそう色づくと、春は芽吹き出した。春は緑に日差しを与える。

「緑は大人がきらいなの?」

「嫌いよ。だって、ムカつくもの」

 春は緑が新緑に対して送る軽蔑のまなざしを思い出しながらうそぶく。

「子供にだってムカつくくせに」

「それとこれとは話は別なの。いい?子供にムカつくのは無神経だから。んで、大人にムカつくのは、頭が悪いくせに、自分はよくできたオツムを持ってると自信ありげに振る舞うから。自分がどうしてそういうふうに出来上がったか知らないくせにね。それで、そのことにあぐらをかいて、ぺらぺらと口をぱくぱくさせるのよ。そんなところであぐらをかいたところで、菩薩にだってなりゃしないのに」

「緑はおもちゃ箱みたいね」

「バカにしてるの?」

「最高に褒めてるよ。そうね、ショットガンで頭をブチ抜きたいくらいには、褒めてるつもり」

「カートになんてなりたくないよ」

 春は過ぎ、緑はますます深くなる。