ママが発狂したんだ。
「幼虫の世界と蝶の世界は同じではありえないのよ!どうしてなの!」
「それが成長っていうことなんじゃないの?」
「成長?くだらない。成長することはいいことなの?幼虫よりも蝶のほうが美しいとでもいいたいの?寂しさの舞う場所はきっと、もうこの世界にはないのよ!どうしてなのよ、流れているのは言葉だけだったとでもいうの?ねえ?」
僕は黙り込んじゃったんだ。ママの迫力に耐えられなかった。それは、生まれたときから大人たちに世界は幾何学模様だと信じ込まされてきたママの、些細な、脆い復讐だったんだ。
空のない街から決して抜け出すことのできない運命に飲み込まれ、コンクリートの冷たさに耐えられず、辟易の上を走りだすんだ。歪な詩は、夢を追わせる。縫い合わせた詩は、歪んだ記憶になる。そのことをママは、誰よりもきっと理解してるんだ。それがママが不幸から愛される理由なのさ。
「迷いは決断をもってしても消せはしないのよ。迷いが消えるのは、彩られた物語のその一瞬でしかないのよ」
ママのこの不幸は名前を失った不幸なんだ。盗まれた不幸とも言えるかもしれない。そして、世界はたった一枚の紙よりも狭いんだ。ママはよくそう言ってたっけ。
ママは話すことに迷いはないんだ。蝉が鳴くことに迷いがないようにね。そしてね、「覗く」という行為から、実存の希望がちらっと光ったんだ。
あとね、ママは服を着ることが大っ嫌いなんだ。服を着ることはね、世界に紛れ込むことなんだ。そうなんだ、いつだって心は知られないんだ。ママの実践的な未来は、生まれる前に死んでいるんだ。ママは過去である限りにおいての未来を見ていただけだんたんだよ。きっとね。
着飾った世界に騙された人々はみんな、ママのことを気色悪いと形容するんだ。小さな蜘蛛が鼻の中に入ってきてね、鼻毛と抱擁し始め、そこに甘い甘い夢が作られるとき、みんなはどう思うかな?それはね、この世界で何よりも柔らかで、温かい、美しいものなんだ。そこが違うと、みんなはもう、ママのことを拒絶しちゃうんだ。
ママは未だに、葉についた一つの雨粒が世界を内包する世界を眺め続けてる。