9匹のあひる

不思議な言葉でお話ししましょ

小さい頃に星が綺麗だと本当に思ったことなんてあったのでしょうか

 天蓋に在る邪。ガラスの反射に目を細める。朝になった。枕の横に電子タバコの吸い殻が2本転がっている。吸い殻の中身が飛び出し、ささくれのように見える。ここは家。壁面を担うのはコンクリート。灰色の幾何学

 歯を磨く。鏡の前に立ち、顔を見る。もしも、自分の顔が鏡であったならば、鏡を見たとき、自分の顔は把握できないだろう。他者は自分を写す鏡という。そして、また自分も他者にとって鏡である。とするならば、他者から自分を把握することはできない。詭弁です。

 まなざし。他者から見られるということ。他者を見るということ。規定。相互補完的なまなざし。相互内化よろしくない。永山則夫。銀色の鉛に実存を添えて。まなざすその主体が、まさにそのまなざしを向けるとき、それは幻想的な風景。ラベンダー畑にそっと手向けられた尿瓶のようにはならない。とても弱い現実。強度はあまりなさそうに見える。しかし、実存する者にとっては、ただただ地獄。

 

 現実の強度を変えられるときが確かにある。そういった思想がある。それを試みる思想がある。シュルレアリスムという。

 当たり前を当たり前でなくする。演劇では、異化効果とよばれている。日本で演劇と呼ばれているものは、そのほとんどが演劇ではない(らしい)。知らんけど。日本という呼称について。

 

 その街には、星がありました。とっても、とっても美しい星たちが、爛々と輝いていました。われわれの先人たちは、夜空を見上げ、物語を織りました。天上に輝くその幻を、構造として把握し、幾年もの歴史を与えました。われわれにも、それらが受け継がれているのです。宗教、占い、物語、生活に至るまで。

 ところで、先人たちはなぜ、その物語に戦争など、血生臭いもので織ったのでしょうか。そして、出生譚も奇妙なものがあります。もちろん、日本に残っているものでもそうですね。そうした理由や、そうしなければならなかった理由はなんでしょうね。無粋ですね。天蓋は砕けないものです。天蓋もまた、共同幻想でしょう。

 

 パンツが破れていました。前側の上。糸がほつれているのには気づいていましたが、まさか破れていたとは。見たとき、少し悲しくなりました。

 

 弱い悲しさとか、強い悲しさとか、質がありますね。グラデーションですね。もちろん、強弱だけではないですね。また、いろいろな悲しさがありますね。ヴァリエーションですね。そして、悲しみがその身体に豊潤化されたとき、ただ一つの悲しさが在るのではなく、いくつもの悲しさが在るものですね。