9匹のあひる

不思議な言葉でお話ししましょ

ママが発狂したんだ-3-ママの「心」について

 ママが発狂したんだ。いつものようにね。今日はどうしようかなって考えた。でも、話さなきゃならないと思うから話すね。ママの「心」について。ママの心象風景まで書ききれるといいんだけど、それは、どうだろう、ちょっとまだ難しいかもしれない。だって、その風景を描くことにはいつだって、傲慢さが孕まれるからね。きっとさ、いつだって、みんな安心したいんだろうけど、求めると、それは飢えになるから。願いや希望はいつだって、飢えだ。

 じゃあ、そろそろ、ママの「心」について書いていこうかな。きっと、だれにも理解されないママのことを。

 サナトリウムの夢を絞殺するために、ママは左目の憂鬱にセルロイドの夢を流し込んだんだ。そして、窒息した。だれにも止められなかった。罪はママの神様なんだ。底抜けに慈(いつく)しむ罪と寝そべるんだ。そしてママは、むごたらしい愛撫を罪から受けて、寝息を立てて、そっと眠る。そうするとね、苛だたしい輪郭が無邪気な唇を睨みつけるんだ。ギロっとした不安みたいにさ。

 ママはその小さな脳味噌が、バターの香りに包まれているとき、嘘と無精の涙を吐き出すんだ。その愛を、カエルの足みたいにピクピク痙攣させながらさ。掠奪(りゃくだつ)されたママの聖地は、蝋燭(ろうそく)の火に揺られて、リンドウの花が飾り立ててしまうんだ。

 ママがその身に目覚めたとき、その身は太陽に蝕まれていた。穴が空いて、ヒビが入った真っ赤なレンガみたいに。そしてね、ママの物心はね、昨夜のミネストローネと一緒に煮込まれちゃったんだ。そして、こう声を出したんだ。

「大衆の夢は、洗濯機に放り込んでおいてね」

ってさ。そして、

「夜が来れば、そう、夜が来れば、私たちの街にも灯りは灯るのかしら?」

それから、蛾を口に運びながら、最後にこう言ったんだ。

「肺の膨らみとおんなじように、私はきっと、涙を流して、そうして、どうして?」

 きっとね、ママはね、淀む悪徳に従ったんだ。だから、こういうふうに言ったんだと思う。

 それとね、ママの文脈は、脇腹に突き刺さったまま、血を流し続けてる。ママはその乾いた臆病な手で、無邪気を叩きのめす。そして、萎(しな)びた乳首に願いを叶えるんだ。

 善に対して餓死したママの魂は、別に悪を王座に座らせているわけじゃない。ただ、ママは善に捨てられたんだ。それだけなんだ。

 蔑まれたママは、倦怠の儚さと落下する。それは、昔々に、真っ逆さまに落下したマリアによく似てるんだろうと、僕はそう思うんだ。